当記事の3行まとめ
1. ASEAN市場は口コミ文化が深く根づいており、ソーシャルメディアが日常と社会のインフラになっている
2. 災害対応・LCCのキャンペーン・政治運動・市民ジャーナリズム・スポーツ応援まで、SNSは多面的に機能している
3. ASEAN市場参入の出発点は、ソーシャルメディアを通じて現地の人々と「会話」を始めることにある
前提:ASEANの口コミ文化と、スマートフォン時代の市民コミュニケーション
東南アジアは、伝統的に口コミ文化の地域です。冬のない温暖な気候の中、大家族で過ごしてきた歴史があり、欧米列強による植民地時代を生き抜くうえでも、頼れたのは大家族と友人を中心とした口頭ベースのコミュニケーションでした。
そして現在、ASEAN経済統合を目前に急速な経済成長を遂げる中、ASEAN市民の手にあるのはスマートフォンです。彼らと、そして彼らが形成する市場と対話するには、ソーシャルメディアの理解が欠かせません。
本記事では、ASEAN市場におけるSNSの位置づけを、5つのショートストーリーから読み解きます。
① 台風被害の中、SNSで助けあい・救助活動——フィリピン
2014年、フィリピンを台風ハイエン(Haiyan)が襲い、数千人の命が失われ、数百万人の生活に影響を与えました。インフラと地域社会が分断される中、Facebookを中心としたソーシャルメディアが、助けあいの基盤として機能しました。
具体的には、SNSに搭載されたGPS機能を活用し、Facebookグループ上で各自の所在を共有しあい、救助の手配や物資の融通が行われました。災害時のSNSは、もはや「情報共有」の枠を超え、人命に関わるインフラとして機能する段階に入っています。
② LCCの1日限定セールがクレーム対策にも——シンガポール、マレーシア他
ASEAN市場でも、消費者の関心を強く引くのはセールキャンペーンです。AirAsia、Jetstar、Tiger AirといったASEANベースのLCCは、1日限定セールを定期的に実施し、Twitterのハッシュタグキャンペーンで顧客との距離を縮めています。
格安チケット獲得の喜びがSNS上で拡散される一方、遅延や運航トラブルによる炎上も発生しやすい構造があります。安価なチケットへの期待と、運航品質への不満が、SNS上で同時に展開される市場特性を持っているのです。LCCのSNS活用は、攻め(販促)と守り(炎上対応)の両輪で成立しています。
③ スポーツの祭典を通じた民主化PR——ミャンマー
ミャンマーでは、2014年に開催されたASEANスポーツの祭典「SEA Games」に合わせて、軍事政権と長年対峙してきたアウンサンスーチー氏への支持と、「ビルマ」というブランドの再提示を、SNSを通じて発信する動きがありました。
ジャーナリストや旅行者を主な届け先として、ビルマの現状を国際的に伝える市民レベルの情報発信が、SNS上で展開されたのです。スポーツイベントを単なる競技の場としてではなく、政治的メッセージの発信機会として活用する事例として注目されました。
④ 「ニュースのニュース」——マレーシア、インドネシア他での市民ジャーナリズム
ASEANには、政府によって報道内容が操作されやすい国が複数存在します。マレーシアやインドネシアでは、政府発表のニュースに対する「ニュースのニュース」、すなわち報道の真偽を市民同士が検証・補足する機能として、SNSが活発に使われています。
市民レベルの情報共有に加え、Malaysian InsiderやThe Jakarta Globeのような民間メディアもSNSを積極的に活用しており、政府発表の一次情報と並行して、独立系メディアによる検証情報が同時に流通する構造が出来上がっています。
象徴的な事例として、マレーシア政府の不正選挙疑惑に対し、Facebookのプロフィール写真を黒一色にして抗議の意思を示す市民運動が広がりました。SNSは、政治的意思表示のチャネルとしても機能しているのです。
⑤ サッカーで互いの国を応援しあうASEAN市民
ASEANフットボールチャンピオンシップ(旧タイガーカップ)では、FacebookをはじめとするSNSを通じて、ASEAN各国の市民が互いの国を応援しあう光景が見られました。2015年のASEAN統合を控え、SNS上での国境を越えた交流が、新しい時代の絆の始まりを感じさせる事例となりました。
スポーツとSNSの組み合わせが、ASEANという地域意識を市民レベルで形成する装置として機能していることが見て取れます。
まとめ
ASEAN市民にとって、ソーシャルメディアは日常と社会の双方に深く組み込まれたインフラです。災害時の助けあい、LCC利用、政治的意思表示、市民ジャーナリズム、スポーツ応援——どの場面でもSNSが中核に位置しています。
東南アジア市場へのアプローチも、まずはソーシャルメディアを通じて現地の人々と「会話」を始めることから入るのが、最も自然で持続可能な入り口です。一方向の情報発信ではなく、双方向のコミュニケーションを前提とした設計が、ASEAN市場で長期的に支持される基盤になります。
———
この記事の著者
高橋 学(たかはし まなぶ)
アジアクリック代表。タイ・バンコク在住。中国を含むアジアでの実務歴20年以上。日本語・英語・中国語・タイ語の4言語ビジネスレベル。東南アジア6カ国+インド+中国の現地ビジネス、訪日インバウンド、SNSマーケティングを専門とし、日本の自治体・観光団体・企業に対し、どの国に・どの順序で・どのように伝えるかの判断材料を提供している。
関連リンク
公式サイト:https://asiaclick.jp
note:https://note.com/aseanmana
お問い合わせ:info@asiaclick.jp
参考資料・関連情報
・日本貿易振興機構(JETRO)国・地域別情報:https://www.jetro.go.jp/world/
・日本政府観光局(JNTO)訪日外客統計:https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
・ASEAN事務局(ASEAN Secretariat):https://asean.org/
・パシフィック・アジア観光協会(PATA):https://www.pata.org/