当記事の3行まとめ
1. インドネシア人訪日客の9割は華人(人口の3〜4%)であり、ムスリムである残り2億4千万人は訪日できていない
2. 訪日を疎遠にしている最大の理由は、食事のハラル対応ではなく「Wudhu(お祈り前の身体清め)」ができる環境の不足
3. 都市部の有名観光地に簡易モスク機能(Wudhu可能なスペース)を設けるだけで、訪日のハードルは大きく下がる
前提:インドネシア訪日市場の9割は華人、残る2億4千万人のムスリム層が未開拓
インドネシア担当のルキです。インドネシア人の多くが、日本に行きたいと思っていながら、訪日を遠慮している事実をご存知でしょうか。
現状、インドネシア人訪日客の約9割は、インドネシア華人が占めています。理由は明快です。華人層は経済的に裕福な層が多く、かつイスラム教徒ではないため、旅行中に食事や礼拝の制約を受けないからです。
インドネシア華人はインドネシア人口の3〜4%程度と言われており、残る約2億4千万人——つまりムスリムを中心としたプリブミ(土着インドネシア人)層こそが、これからの訪日観光の本命ターゲットです。
① ムスリム層の訪日を阻んでいるのは、ハラル食以上に「Wudhu」の問題
なぜインドネシアのムスリム層は、まだ日本に観光に来ていないのでしょうか。一般には「ハラル食の不足」が理由として語られますが、現地の生の声を聞くと、実は別の要因がより大きく作用しています。
ムスリムにとって、お祈り(サラート)は場所を選びません。屋外でも建物の片隅でも、メッカの方角を確認できればお祈りは可能です。問題はその前段階、Wudhu(ウドゥー)と呼ばれる礼拝前の身体清めの儀式です。
Wudhuは、本来は流水で手・口・鼻・顔・腕・頭・足を清める行為です。日本の公共トイレや洗面所では、この動作がスペース的にもマナー的にも難しいのが実情です。教義上は、壁に擦って清める簡易的なWudhu(タヤンマム)も認められていますが、気持ちの上で水で清めたいムスリムは多く、簡易対応では満足度が下がります。
食事面でも課題はあります。豚肉を誤って口にする不安、選べる食事の選択肢が少ないという情報は、訪日を躊躇させる要因の一つです。
② 競合先の存在——タイ・シンガポールは「礼拝もハラルも整っている」
インドネシアのムスリム層にとって、訪日の比較対象はタイとシンガポールです。
タイとシンガポールは、いずれもインドネシアからのビザが不要で、ホテル価格も日本より手頃です。日本食も、シンガポールに行けば同等以上のものが食べられる感覚があり、わざわざ日本まで行く必然性が薄れます。さらに、シンガポールはモスクの数も多く、ムスリムが安心して観光できる環境が整っています。
日本側がムスリム市場で勝とうとするなら、価格やビザの利便性で勝負するのは難しい以上、礼拝環境の整備という別の軸で差別化する必要があります。
③ 解決策——都市部の観光地に「簡易モスク機能」を設ける
解決策は、思っているほど大規模なものではありません。新宿・渋谷・浅草といった主要観光地に、Wudhuができる小規模な部屋を1つ設けるだけで、状況は大きく変わります。
本格的なモスクである必要はありません。プライベートな部屋に、水を使ってWudhuができる設備があり、お祈りができるスペースがあれば、それで十分に「モスク機能」として成立します。私たちインドネシアのムスリムも、これがあるだけで安心して東京観光を楽しめます。
さらに、こうした拠点ができると周辺にハラル対応のレストランが集まり、ムスリム向けの観光情報も自然と蓄積されていきます。結果として、その地域そのものが「ムスリムが安心して訪れられる観光地」としてブランド化されていく好循環が生まれます。
自治体や商店街が、空いている部屋を一室開放することから、検討を始めていただければと思います。コストとリターンの比でみれば、これは極めて費用対効果の高いインバウンド施策です。
まとめ
インドネシアのムスリム市場を本格的に取り込むには、「ハラル食」だけを論じても不十分です。礼拝前のWudhu環境という、見落とされがちな一点が、実は訪日のハードルを大きく押し下げています。
都市部の主要観光地に簡易モスク機能を整備することは、ムスリム訪日客の満足度を直接引き上げ、競合するタイ・シンガポールとの差別化要因にもなります。日本がインドネシア2億4千万人の市場を本気で取りに行くなら、まずこの一点から着手することが、最も現実的な第一歩です。
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この記事の著者
ルキ(アジアクリック・ムスリム担当)
インドネシア出身のムスリム視点から、訪日観光・現地市場・宗教文化に関する一次情報を発信。アジアクリック(代表:高橋学)所属。
監修
高橋 学(たかはし まなぶ)
アジアクリック代表。タイ・バンコク在住。中国を含むアジアでの実務歴20年以上。日本語・英語・中国語・タイ語の4言語ビジネスレベル。東南アジア6カ国+インド+中国の現地ビジネス、訪日インバウンド、SNSマーケティングを専門とし、日本の自治体・観光団体・企業に対し、どの国に・どの順序で・どのように伝えるかの判断材料を提供している。
関連リンク
公式サイト:https://asiaclick.jp
note:https://note.com/aseanmana
お問い合わせ:info@asiaclick.jp
参考資料・関連情報
・日本政府観光局(JNTO)訪日外客統計:https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
・日本貿易振興機構(JETRO)インドネシア国情報:https://www.jetro.go.jp/world/asia/idn/
・在インドネシア日本国大使館:https://www.id.emb-japan.go.jp/
・インドネシア共和国観光省:https://www.kemenparekraf.go.id/
・パシフィック・アジア観光協会(PATA):https://www.pata.org/

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