2013年11月18日月曜日

アジアから、日本人の尊厳を学ぶ


いつもアジアの都市を訪れるたびに強く思うことがある。
「生きなきゃ」 。

アジアに来るといつもはっとさせられる。
生活のために、皆必死だ。

では、自身はどうか?




▼数千円のために身を売るアジアの貧困層

欧米人や私たち日本人などからお金をえようと40歳50歳60歳70歳になっても自分をへりくだって観光客の足となるバイクタクシーのおじさんやポーター達。
地元のホーカーズなどの飲食店に行けば16歳から18歳の少年少女たちが雇い主にこき使われながら一生懸命働いている。彼らの収入は月3万円から5万円程度だ。
これを潔しとしないもの、より多くのお金をようと決意したものはマッサージや風俗の道を選ぶ。実際未成年の女の子達が風俗で1ヵ月20万円から30万以上の収入をいている。インドネシアやベトナムマレーシア、タイなどでは1回1,000円から3,000円で身を切り売りしている。

市場などの外にある飲食店で1皿300円から600円のご飯を食べていると、
タイバンコクでは数千円する木工細工を小学生くらいの男の子が営業し、
シンガポールでは3〜60代の女性から数百円のティッシュを、
ホーチミンでは1才にもならない赤ちゃんを抱えた女性がピンクの扇子を売り、
インドネシアジャカルタではギター弾きの青年たちがお金を恵んでくれとギターを弾き鳴らし、
マレーシアクアラルンプールでは少年がバラの花束を売りに来る。



市場に行けば、露天も1個50円から300円の商品を一生懸命少しでも高めで売ろうと頑張る。
アジアの国の繁華街はどこでも呼び込みと顧客獲得に必死だ。
そのためには多く稼げるときには、騙しに近いことすらやる。

私個人的には、騙されると悔しいが、ここは外国で彼らの都知事に止めてもらっているのだから、また彼らの市場を通してお金を稼がせてもらっているのだから、多少地元の人間より多く払うのはある意味当然だと思っている。


▼アジアにとって、日本人という存在

彼ら東南アジアの貧困層の姿を見るたび、自身を繰り返させられる。
日本人として生まれてきただけで、世界のお金持ち上位の1パーセントに入ると言う。
パスポートだって世界有数の強さで、ビザが必要なのはインドと中国と北朝鮮くらいだ。
私たちは恵まれすぎていて、そのことを忘れた上で悩みがあるのだ。

アジアにいると白人が未だ強い存在感を示している。今まで支配されてきた歴史と、彼らの経済力から未だにアジアは欧米諸国に劣っていると言う認識がどのアジア諸国にもある。
日本はアジアで最も尊敬されている民族である。同じアジアの国、肌に色が付いている民族でありながらロシアを破り中国を破りそしてアメリカと戦い、 マレー半島からイギリスと中国共産党を追い払い、シンガポールからイギリスを追い払い、インドネシアからオランダを追い払い、民族自決の大原理に基づいて、アジアの極東の小さな島国でも欧米の大国達と堂々渡り合えるのだと言う希望をアジア中に示したのである。


▼アジアにおける日本人の美徳

私が日本人だからかもしれないが、同じく東南アジアで幅をきかせている中韓とは全く違う立ち位置に、日本人を置いていただいていることに有難く思う。
タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア・ベトナムなど東南アジアの人々にとって日本人は経済力も教養もあるにもかかわらず、
・礼儀正しく
・他人を見下げることなく
・ありがとうと感謝を表し
・嘘をつかない

ことをとても褒めてくれる。
このような美徳のある民族が他にあるだろうか?
もちろん個々人は数え切れないほどいるかもしれないが、大きなグループとしては他にイスラム教徒くらいしか私の狭い経験の中では思いつかない。


▼アジア人から言われた言葉

アジアの人々と話し「どうして日本人は昔のことを誇りに思わないのですか、先祖が信念に基づき一生懸命戦ったにもかかわらず、まるで自分たちが悪かったように頭を下げるのはおかしい。もちろん戦争は良くないしよくないこともたくさんあったが、日本がアジアに示してくれた道筋を私達は尊敬しているのです」
「今の日本人は、かつての強く潔く私たちの尊敬した日本人では無い」
とまで言われた。

東南アジア諸国においては、大部分の人たちに経済力があるだけでなく、アジアの道標となった日本、尊敬すべき日本人として捉えられているのである。

日本のご先祖様たちが積み重ねてくれたこのアジア諸国からの信頼に、私たちはどう答えるべきか真剣に取り組まなければならない。


▼日本人が思い起こすべき尊厳

幕末に「尊王攘夷」と言う言葉がある。これは決して文字のごとく天皇を尊び、夷狄を打つということだけではなく、遠い過去から脈々と大切にしてきた私たち日本人の尊い尊厳を思い出し、そして民族自決主義に基づいたアジアの1メンバーとしての役割を真剣に考え、お互いにとって良い世の中を作るためにお互いのことを知り、学び何ができるか、小さな事でも積み重ねていくべきではないだろうか。また、「勤王」と言う言葉は自分の身に脈々と受け継がれている血と信念を大切にし、未来永劫その精神を忘れず誇りを持って生きていこうと言う姿勢であり、右や左と言った単純なグループ分けでは無い。





▼まず、自身を、そして家族を幸せにすべき

ではその日本人、大和民族としての誇りを腕に抱きながら何をすべきか。
それは「幸せになる」ことである。

自分が幸せでないと家族を幸せにできないし、その最も小さな社会である家族を幸せに出来なければ、会社など所属団体を通しての社会貢献などできるはずもない。

社会とは何か。自身の家族である。
社会とは何か。日本国である。
社会とは何か。アジアである。
社会とは何か。世界である。

「世界に1つだけの花」という歌があるが、まさに一人一人は違う花をつけるのだからどれも素晴らしく、その人にしかできない役割を一生懸命果たすべきなのである。

花屋の店先に並んだ
いろんな花をみていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争う事もしないで
バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている

それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で
一番になりたがる?

そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

そうして、美しい花畑がひとつひとつとできればいい。




今、苦しくて苦しくて悩みが底なしのように感じられている人もいるだろう。
毎日の仕事や人間関係に、人生の意味を見失ってる人もいるだろう。
はたまた、本当にお金がなくて自分の心がすさみきっていると気づいている人もいるだろう。

そんな苦しみの中にある人こそ、貧しいアジアに目を向けられれば、私たち日本人が忘れかけていた日本人としての尊厳を思い出させてくれ、自身がまず幸せになろうと勇気を奮い起こさせることができるのではないだろうか。

尊厳ある日本の四季は、アジアにも受け継がれている。
(高橋学)

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